満願(米澤穂信)
満願
「夜警」
『川藤浩巡査』の葬儀が終わった後、『柳岡巡査部長』は振り返る
あいつは警官に向かない男だったと………
『川藤』はすぐに拳銃を抜こうとする癖があった
また、失敗を小細工で誤魔化そうとする男だった
その『川藤』が殉職したのは、夫が刃物を振り回しているとの女性からの通報を受けて出動した事件だった
短刀を向けて突っ込んで来る男に『川藤』は何発も発砲した
しかし、男は止まらず『川藤』は首を切られた
血を吹き出しながらもしばらくは生きていた『川藤』は、最後に「こんな筈じゃなかった。上手く行ったのに」と呟いて
死んだ
『川藤』の兄は、あの日弟から「飛んでもない事になった」とメールがあり、そういう時はろくでもない時だと言い、「あいつが勇敢に死んで行ったなんて思わない。あいつは駄目な男だった」と言い切る
そして事件の真相が浮かび上がる
「死人宿」
2年前に失踪した『佐和子』が、栃木の山奥にある温泉宿で仲居として働いている事を知った『私』は、その宿に車で向かう
大学で事務員として働いていた『佐和子』から、上司と反りが合わないと何度も相談された『私』は、一般的な講釈を繰り返して彼女を宥めるばかりであった
しかし、『佐和子』の失踪後、事務員達が上司を相手に訴訟を起こした事を知った『私』は、『佐和子』の助けを求める声に気付いてやれず、説教をしただけだった事を後悔していた
そして、2年ぶりに会った『佐和子』は、この宿が自殺の名所として知られている事を説明し、温泉の脱衣所に置き忘れられていた遺書を『私』に渡し、3人の宿泊客の内の誰が書いた遺書なのか突き止めるよう『私』に依頼する
『佐和子』の信頼を取り戻す為に奔走する『私』は、ギリギリの所で遺書を書いた人物を突き止める
しかし、それで終わりではなかった………
「柘榴」
美人の『さおり』は、妙に異性を魅了し誰もが彼を好きにならずにいられない不思議な魅力を持つ『佐原成海』と、大学のゼミで出会い婚約する
母も『成海』の魅力に感じ入り結婚に賛成する
父は「あれは駄目だ」と言い放つが、妊娠する事で強引に結婚に結び付けた
そして、2人の娘、『夕子』と『月子』は共に母の美貌を受け継いで美しく育った
しかし、『さおり』の父は正しかった
『成海』はまともに働く事が出来ない駄目な男だったのだ
『夕子』が高校受験を控えた年、『さおり』は離婚を決意し『成海』も同意するが、娘達の親権を欲した
娘達と暮らして育てて来たのは『さおり』であり、また母親側によほどの問題がなければ通常は母親が勝つので、裁判の結果は解り切った事である筈だった
しかし、言い渡された判決と裁判官の説明に『さおり』は強い衝撃を受ける
「万灯」
商社に入社して以来、仕事一筋に生きてきた『伊丹』は、開発室長としてバングラデシュで天然ガス資源の開発に挑んでいた
ダカの支社と開発目標の北東部低地帯との間に、ヒトとモノと情報を集める集積拠点として、ボイシャク村に目を付けた『伊丹』だが、村に拠点を置く交渉が難渋していた
「マタボール」と呼ばれる村の長老の1人で指導者の『アラム』は、資源は将来のバングラデシュ人民のもので、それを他国に譲る意志がない為であった
しかし、開発による村への恩恵を期待する他の「マタボール」達は『アラム』を排除する為、『伊丹』とライバル社の『森下』に交渉条件として『アラム』の殺害を持ち掛ける
「関守」
都市伝説の「ムック」の記事を依頼されたライターの『俺』は、先輩ライターに「死を呼ぶ峠」のネタを提供して貰う
それは伊豆半島の先端にある豆南町に行くには必ず通らなくてはいけない「桂谷峠」の事で、そこのカーブでは4年で4件、死者5人の車の事故が起きていた
『俺』は、「桂谷峠」のネタはホンモノのような気がする、気を付けろという先輩の忠告を聞き流して、「桂谷峠」までの道中にあるドライブインで、店主の『ばあさん』に取材をする
『ばあさん』は4件の死亡事故をすべて記憶していた
話の途中、煙草を吸う為にいったん店の外に出た『俺』は、脇にあったお堂の中の古い石仏に目を止める
休憩後、『ばあさん』からこれらの事故を記事にするのかを聞かれた時から、状況が一転して行く事になる
「満願」
弁護士の『藤井』は学生時代、司法試験の勉強に苦しんでいた時に、下宿していた畳屋の『鵜藤重治』の妻、『妙子』に達磨市に連れて行って貰った思い出がある
供養所に次から次へと持ち込まれる、満願が叶って両目が入れられた達磨を見て、これほど多くの願いが叶うのなら自分にも道がない筈がないと開き直り、『藤井』と『妙子』は一つずつ小振りな達磨を買った
そして、『藤井』は在学中に司法試験に合格した
その4年後、『妙子』は夫『重治』の借金返済を迫る貸金業の社員、『矢場英司』を殺害した
『藤井』は『妙子』の正当防衛を主張したが、第一審では懲役8年の実刑判決が下された
『妙子』の刑が少しでも軽くなるよう第二審の準備を進めていた『藤井』だったが、『重治』の病死を聞いた『妙子』が控訴を取り下げた為、一審の刑が確定してしまった
そして8年後、刑期を終えて出所した『妙子』が事務所に来るまでの間、『藤井』は事件を振り返っていた
何故、『妙子』は控訴を取り下げたのか………?
あれは本当に正当防衛だったのか………?
ミステリー小説衝撃度数
★★★★★★★★★ 9
各タイトルを総ナメにした『米澤穂信』会心の短編集
6つの物語で構成されており、それぞれの話に繋がりはないものの、一話一話が魅惑的な輝きと重さを放っている
あの「インシテミル」を書いた作家とは思えないほど筆致を変えており、新たな『米澤穂信』の魅力溢れる能力が詰め込まれているようにも感じた
どの話が面白いかは読者の好みによって分かれるとは思うが、個人的には二番目の「死人宿」と三番目の「柘榴」には強い衝撃を受けた
ただ、「柘榴」に関しては、社会的かつ倫理的タブーが含まれている為、評価は賛否両論真っ二つに分かれるのではないだろうか
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